半導体開発に産学協同の新潮流

学生のアイデア掘り起こせ

実践の場で即戦力を育成


3月23日、東京・青山にある日本テキサス・インスツルメンツ(日本TI)の本 社オフィスで、大学生と大学院生を対象に開催した技術コンテスト「DSPソリ ユーション・チャレンジ」の表彰式が開かれた。

コンテストの優勝賞金1300万円

DSPとは、デジタル化された画像など特定の信号を高速処理する半導体。米国 テキサス州に本拠を置くTIグループが世界規模で開催したこのコンテストは、 DSPとパソコンなどを組み合わせて大学生に新しいシステムを作ってもらい、 アイデアや性能を競ってもらうというものだ。1995年に続き、今回が2度目と なる。

まず、世界を9つに分けた地区大会で選考会を開いて、優勝チームが地区代表 としてブロック大会に進む。さらに決勝大会で優勝すれば、そのチームには総 額10万ドル(約1300万円)の賞金を提供する。日本からは7校7チームが応募し た。

日本代表に選ばれたのは、東京工業大学工学部の修士課程に在籍する6人のチー ム。バドミントンなどスポーツの映像から人物の動きだけを取り出して、瞬時 に運動量に換算する「スポーツトレーニング支援システム」を作った。表彰式 で講評を受けたあと、地区優勝の賞金1000ドル(約13万円)が授与された。

DSPは、デジタル方式の携帯電話やパソコンのハードディスクドライブ、高速 モデムなどに欠かせない。最近では家電製品や自動車などまで用途が広がって いる。ここ数年、年率30〜40%の勢いで市場が拡大しており、半導体の中でも 今後の急成長が見込まれる分野の1つだ。

このコンテストは、TIが大学におけるDSPの教育・研究活動を支援するために 世界中で展開している産学協同活動「TIユニバーシティ・プログラム」を発展 させたものだ。同社は94年から、希望する大学に対し、DSPをパソコンに組み 込むための基板やソフトウェア、マニュアル類などを1セット1万円程度という 安い値段で提供している。現在、日本では30校でこのキットが使われている。

今回の地区優勝チームの指導教官である東京工大教育工学開発センターの 西原明法教授も、TIのキットを2年前から授業で使っている。「ハードやソ フトを安く購入できるだけでなく、使い方を親切に教えてもらえるのが助か る。こうした道具がないと研究活動も理論だけになりがちだが、実際にシス テムを組めることで、学生も興味をもって授業に取り組める」と話す。

こうした大学への協力の裏には、TIの戦略もある。

TIグループは、DSP市場で世界シェア45%を握るトップ企業。電機、情報機器 が次々とデジタル化する中で、同社はDSPの用途拡大を狙っている。将来、半 導体や情報システムの技術者となる学生にDSPと接する機会を提供することは、 将来のビジネスにつながると見込んだわけだ。

日本TIの生駒俊明社長は「日本の電機・情報産業は、規模が大きい割にDSPの 利用が進んでいない。教育の現場でDSPに触れる機会が少ないのが原因の1つだ。 一度でも使った経験があれば、企業の技術者になって何かを開発する際、どの ように組み込めば効果的かという勘所が見えてくる」と話す。 日本ではまだ知名度が高くない同社にとって、こんな“派生効果”もあった。 東京工大の西原教授の研究室から、昨年は修士号をとった学生が1人と、今年 は博士号をとった学生が1人、日本TIに入社した。西原教授の教え子で日本TI に入ったのはこの2人が初めて。在学中にDSPを使った経験と、日本TIの支援活 動が人材確保にもつながった。

従来、半導体の産学協同といえば、企業と、特定の大学や研究室、教授などが 共同研究に取り組むケースが大半だった。だが、TIの場合は、不特定多数の大 学、学生を対象にしている。DSPへの理解を広めたり、ユーザーを草の根的に 開拓する意図が込められている点が従来の形とは異なる。

こうした産学協同活動の変化は、半導体産業の動向も反映している。日本の半 導体産業は、微細加工の技術を磨き、安くて容量が大きいメモリーを世界に先 駆けて開発するところに強さの源があった。つまり生産技術力だ。そのため、 メーカーにしてみれば、有力な微細加工の研究に秀でた大学や研究室、教授な どを囲い込み、共同研究に持ち込むことが重要だった。


日経ビジネス 1998年5月4日号より
Akinori Nishihara, aki@ss.titech.ac.jp